のんびりいこう

パン焼きとお菓子作り、ときどきレース編み。
そしてアメリカンコレクティブルズにウツツヲヌカス日々・・・

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奈良へ vol.8 奈良編 (2012/05/02)
さあ、奈良旅行もいよいよ最終日。
この日の夕方には新幹線で私の実家の静岡に向かいます。

・・・と、なんとこの日は朝から雨。
しかも風も強くて肌寒い。
着いた日は30℃を超す夏日だったのにね。
まあ、仕方ないので、傘をさして最後の奈良散策に出発です。

今日も駅でバスのフリーパスを購入し、
まずはバスにて東大寺へ。



↑東大寺南大門
天平創建時に建てた門は平安時代に大風で倒壊し、
現在の門は鎌倉時代に東大寺が復興した際に再建されました。

この日は修学旅行か、遠足か、
小学生、中学生の団体さんが大勢いましたよ。

←そして、雨でも鹿は元気。
売店でおせんべいを買う人を見つけては、
このように群がります。
 




そして、大仏殿。
創建から2度にわたって焼失。
鎌倉時代と江戸時代に再建されています。
現在でも世界最大の木造建築と言われています。


正面の唐破風下の窓から、大仏様のお顔を見てみたかったのですが、
あの窓って大晦日から元旦にかけてしか開かないんですって・・・残念。


「奈良の大仏」でお馴染みですが、
正式名称は「東大寺盧舎那仏像」と言います。
聖武天皇の発願で745年に製作が開始、
752年に開眼供養会が行われましたが、
数度の焼失に会い、大部分が修復されています。

中学の修学旅行以来の大仏様。
修学旅行の記憶はほとんど残っていないのですけれどね。


そして、↑は大仏様の左右に控える、多聞天(左)と廣目天(右)。
多聞天は毘沙門天と同じ意味で、
須弥山の中腹に住み、頂上の帝釈天の喜見城を守る四天王のひとりです。
闇暗界の悪霊や夜叉を統括している神様です。
右手には宝塔、左手には宝棒を持っています。

廣目天も同じく四天王のひとり。他の四天王が甲冑に武器を所持している中、
唯一武器を持たず、筆と巻物を手にしています。

大仏様の後方に回ると大型で精密に作られた建築模型が展示されています。


昔の姿を再現した模型です。
奈良時代には大仏殿の隣におよそ70mと推定される七重塔が建っていたそうです。
何度か再建を検討されたようですが、
現在、木造建築で再現するには建築基準法に触れてしまうとの事で断念したそうです。


そして、残念ながら実物では
唐破風下の窓から大仏様のお顔が見られなかったけれど模型で実現(笑)

さて、大仏殿を後にして、つぎに目指すは二月堂です。


1667年に火災にあい全焼。
その2年後に焼失前の姿に再建され現在に至ります。



旧暦の2月に「お水取り(修二会」が
このお堂で行われるため、
二月堂と呼ばれるようになりました。

ご本尊は大観音、小観音と呼ばれる
2体の十一面観音像で、
何人も見る事が許されない絶対秘仏です。
安置されている場所があって
覗きこんだのですが、
「なんか暗くてよく分からないなぁ」
と思っていたら、
見せていなかったのですね(笑)

←お天気が良ければ大仏殿の屋根越しに奈良市内が一望できるらしいけれど、今日は残念・・・


時刻はお昼になろうとしていたので、
バスに乗って奈良駅前へ。



駅前で簡単にお昼を済ませて、
西の京町エリアへ向かうバスに乗って
薬師寺へ向かいました。
薬師寺は興福寺とともに法相宗の大本山で、
680年、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気の回復を願っい、
飛鳥の藤原京の地に建立。

平城遷都にともなって
現在の西の京町に移されました。
平成10年、ユネスコ世界遺産に登録。







↑中門の二天王像
1582年の兵火により中門と共に焼失した二天王像は、
約400年復興を見る事がありませんでしたが、1991年に復元されました。
1984年のお写経勧進により中門が復興されそれに伴う発掘調査により裸形ではなく、
武装した天王像と言う事が判明したそうです。


↑金堂
二重二閣、五間四面、瓦葺の建物で
各層に裳階(もこし)と呼ばれる庇状の屋根を付け、
見た目は4階層に見えますが、実際は2階建て。
龍宮造りと呼ばれています。
1528年、戦火に巻き込まれ他の建物と共に焼けおちてしまいましたが、
その後、豊臣家が金堂の仮堂を建設。
後に本格的な金堂の再建に取りかかる予定でしたが、
豊臣家滅亡などの事情により、400年近くも仮堂のままの状態でしたが、
ついに1976年に白鳳時代様式の本格的な金堂が完成したのでした。


↑西塔
金堂を挟むような形で西塔、東塔が建っています。
こちらは西塔。1981年に復興。高さ34m。
色鮮やかさが特徴的な西塔です。
塔の連窓に使われている色を「青(あお)色」、
扉や柱に使われている色を「丹(に)色」と呼び、
良く耳にする「あおによし」という言葉は
「青丹(あおに)良し」と書き、
「奈良」にかかる枕詞です。
当時の平城京の華やかさを表現する意味あいがあったと言われています。

東塔は残念ながら現在解体修復中。
薬師寺で唯一創建当時から現存している建物で、
1300年の歴史を持つ国宝です。
工事期間中は覆屋によって隠されその姿を見る事は出来ません。
完成は平成30年の予定です。

まずは金堂へ。
丁度、お坊さんによる薬師寺の説明が始まるとの事だったのでそちらに参加。
歴史から建築様式、仏さまの解説など
写真とユーモアを交えての説明がとても分かりやすく楽しかったです。

説明を聞き終えて、金堂の裏側に出ると、
目の前には大講堂が・・・


↑大講堂
金堂同様、裳階付きの薬師寺独自の様式。
代金堂は正面41m、奥行き20m、高さ17m。
現在の建築基準法に合わせ、現代の技法を取り入れながらも
伝統工法による復元建築で、薬師寺伽藍の中でも最大級の建物です。
中には弥勒菩薩三尊像(重要文化財)が祀られています。


↑玄奘三蔵院伽藍礼門
うっかりしてこの門の奥の玄奘三蔵院伽藍の写真がありませんでした・・・
玄奘三蔵は「西遊記」で有名な中国唐時代の歴史上の僧侶で
法相宗の始祖に当たります。
17年に渡りインドでの勉学を終え、帰国後は経典の翻訳に専念し、
瑜伽唯識の教えを究めました。

1942年、南京に駐屯していた日本軍が土中から玄奘三蔵の頂骨を発見。
薬師寺も玄奘三蔵と深い縁がある事から分骨をされ、
1991年に玄奘三蔵院伽藍が建立されました。
中には大川逞一仏師によって作成された玄奘三蔵院像が祀られています。

************************************

薬師寺を一回りしたところで、ほぼタイムアップ。
4泊5日の奈良旅行もこれにて終了となりました。
修学旅行では京都に押され気味の印象があった奈良ですが、
改めて見て回るとなかなか面白いものだと感じました。
ちょっと奈良にハマりそう・・・
今度は飛鳥の方を回ったり、
今回回り切れなかった寺院もぜひ見て回りたい、
そう思いながらの帰途に付きました。

書き終えるまでに予想以上に時間が掛かってしまいましたが、
最後までお付き合い下さってありがとうございました。


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奈良へ vol.7 奈良編(2012/05/01)
4日目の奈良は昨日の雨もすっかりあがって
雲は少し多いけれど、
あまり暑いと観光も大変だしね。
帰って良いかもしれません。

前日に買って置いた
おにぎりやサンドイッチで朝ごはんを簡単に済ませ、
ホテルを出発。

まずは平城宮跡に向かいます
奈良駅からはちょと離れているので、
バスを利用する事に。

駅の案内所にてフリー乗車券を購入。
使えるエリアごと3種類ほどありますが、
この日は奈良市内均一券(500円)を買いました。
そして、これがなかなか使える!
いや、買ったから元を取ろうと使ったのか・・・
ともあれ、二日間(二日目は奈良・西の京)本当にお世話になりました。

二条大路南四丁目のバス停を降りると、
もうそこは平城宮跡の入口です。





平城宮の正門、朱雀門。
新羅や唐からの
外国使者の送迎をおこなったり、
時には人々が集い
歌垣などのイベントを行ったり、
新年には天皇がこの門まで出向き
新年の祝いをする事もありました。

平成10年に復元された建物は
間口25m、奥行き10m、高さ22mと、
なかなかの迫力ですが、
残念ながら
くぐり抜けることは
できないんですね(^^;;;




朱雀門を
過ぎて、すぐに第一次大極殿と思いきや、違うのね。



草地が広がってまだまだ遥か彼方。
しかも途中、近鉄奈良線の踏切南下があったりして。

踏切を越えて、北に800mほど進んでようやく
第一次大極殿に到着。
「周りは何もないよ〜」
と聞いていましたが、ほんとに(笑)
2年前の遷都1300年祭は賑わっていたのでしょうね。
どんな風だったのかなぁ。


↑←第一次大極殿

正面44m、側面20m、高さ27m。
直径70cmの朱色の柱44本、
屋根瓦焼く9万7000枚を使った
朱塗りの壮麗な平城宮最大の宮殿です。

奈良時代の中頃に
一時都とした恭仁宮に移築され、
山城国の国分寺金堂になりました。
当時は天皇の即位式、
外国施設との面会など、
国のもっとも重要な儀式のために
使われたと言われています。

復元に際して大きな問題があり、
それは当時の設計図や参考鬼なる絵画などが
残っていないという事でした。

そのため、発掘調査で分かっていた基壇や恭仁宮の大極殿の後に残る礎石の状態などから
大極殿の大きさ、形を推定したそうです。
また、わずかに残る文献や法隆寺金堂、薬師寺東塔など、
同時代の寺院建築も参考にされています。


続いて、右に隣接している平城宮跡資料館へ・・・
奈良文化財研究所による、発掘調査・研究成果をもとに、
土器や瓦、木簡などをはじめ、
建築模型や写真、ジオラマなどで
宮跡を分かりやすく解説、展示している施設なのですが、
残念ながら、この日は休館日〜(ToT)


仕方が無いので、次は遺構展示館へ。
が、まあ、片方が休みならこちらも休館日よね。

結局後は第二次大極殿跡を見る。


第一次大極殿が廃止になった後、天平17年に造営されました。
第一次のように建物は復元されていませんが、
基壇や礎石の復元で建物があった事を示しています。

さて、そろそろ奈良駅に戻りましょうか・・・
と、バス停で路線図を見てみると
法華寺を通る事に気づき、
せっかくなので立ち寄ってみる事にしました。




↑法華寺 南門
 切妻造・本瓦葺の四脚門

←法華寺本堂(重要文化財)
寄棟造、本瓦葺。

光明皇后ゆかりの門跡尼寺として知られています。
東大寺が全国の総国分寺であるのに対し、
法華寺は総国分尼寺と位置付けられ、
正式には法華滅罪之寺
(ほっけめつざいのてら)と言います。
天平17年に皇后宮を宮寺としたのが
法華寺の始まりと言われています。



再びバスに乗って、近鉄奈良駅で下車。
午後はならまちをブラブラする予定です。

まずは東向通りに入ってゆきました。
アーケード式の商店街で、
大宮通り側から入って、暫くは観光客向けのお店が多く感じますが、
奥に入って行くにつれてカフェや、雑貨屋さんなども沢山見受けられます。
とにかく多いのがカフェ・喫茶店の類。
昨日までの3日間は山菜中心の食事が多かったので、
そろそろ少しヘビーな物も食べたくなってきた所。
と言う事で、予めガイドブックでチェックをしていた
珈琲一族さんという喫茶店にてお昼ご飯を食べる事にしました。
ホームページからも分かる通り、
メニューの数がとっても多いっ♪
どれにしようか、本当に悩みました(*^-^*)


そして頼んだのが↑こちら
写真左が、私がオーダーした唐揚げと白身魚のフライ。
右側が旦那さんが頼んだハンバーグと海老フライ。
これにご飯とお味噌汁が付きます。
久しぶりのガッツリメニューにちょっとテンションが上がる〜\(^o^)/

たっぷり食べた後は、たっぷり歩かなくてはっ!!
予定通りならまちをブラブラ。


ならまちは、猿沢池の南側に広がる古い街並みエリアをさします。
町屋やお寺が立ち並ぶ一帯には、町屋を再生したカフェや雑貨店なども多く
女性観光客に人気のスポットです。
お友達へのお土産を探して、彷徨い歩いていたので、
すっかり写真を取るのを忘れていました〜(^^;;;
詳しくはこちらをどうぞ→

ならまちをウロウロしているうちに、
気づくと興福寺のそばまできていました。

興福寺は藤原氏の氏寺である名刹で、
法相宗の大本山として知られており、
山階寺を起源とし、710年の平城遷都に伴って
鎌足の子の不比等が現在地に移しました。
以後、数回の大火に会いましたが、建立当初の様式で再建され
阿修羅など、創建期の天平仏や鎌倉復興気の仏像が守り継がれています。


↑南円堂(重要文化財)
江戸時代再建の日本最大の八角円堂です。
西国三十三所観音霊場の9番札所に当たり、
いつもお参りの人でいっぱいです。
堂内には本尊空羂索観音菩薩像(国宝)、四天王像(国宝)が安置されています。


↑五重塔(国宝)

奈良を象徴する塔。
塔は武ッ行の祖釈迦の舎利を納める墓標です。
730年に不比等の娘光明皇后が創建しました。
過去、5階焼失し、現在の塔は室町時代に再建された6代目です。
高さは約50m。
古塔では京都東寺の五重塔に次いで2番目の高さです。


↑東金堂(国宝)
興福寺には3つの金堂があり、↑は中金堂の東に位置しています。
創建は聖武天皇で、室町時代に再建されました。
重要文化財の薬師如来像を本尊とし、
国宝の十二神将の他、日光・月光菩薩などが安置されていました。

そして、国宝館へ。
かつて食堂・細殿があった場所に昭和34年に建造されました。
その後、2010年にリニューアルされ、
館内には本尊千手観音菩薩像を中心に、
阿修羅像を含む八部衆・十大弟子像などが
ガラスケースの無い状態で展示されています。

GWで大勢の人で賑わっていましたが、
ごった返している程では無く、
適度にゆっくりと鑑賞する事が出来ました。

さて、興福寺国宝館を出て、一本大きな通りを渡ると
そろそろこんな風景が見えてきます。



結構、近くまで鹿が近づいてくる事にびっくり。
さっそく鹿せんべいを買ってみましたが、
鹿も心得ているのか、
売店に近づいていくだけで群がってくるのね。
お金を払って振り向くと鹿に囲まれている・・・なんて事も。
一枚ずつ鹿に渡していると、貰えて無い鹿から
頭突きやキックをお見舞いされる事も。怖〜っ!!


さて、「せんべいくれ」と群がってくる鹿をかいくぐりながら、
約2000基ほどの石灯籠が並ぶ参道を歩き春日大社に向かいます。
参道にも時折鹿がいて、こちらはなんだか可愛い。


そして、売店で待ち伏せしているコも・・・↓


緩い上り坂を10分ほど登ると鮮やかな朱色の門が見えて来ました。
春日大社に到着です。


全国の春日神社の総本社。
平城遷都の武甕槌命(たけみかづちのみこと)を常陸国鹿島から勧請し、
都の守り神とした事が始まりです。
この時に、神様が白鹿に乗ってきた為、
奈良の鹿は神の使いとして大切にされてきました。




春日大社と言えば、この万燈籠を思い出す人が多いですよね。
節分の2月3日とお盆の8月14日、15日には、
境内の約1000基の釣燈籠と、参道の石燈籠に火が入れられ、
とても幻想的な雰囲気になるそうです。


私たちが訪れた時は、直会殿の脇の藤が見頃でした。
樹齢700年以上と言われるこの藤。
花房が1m以上も延び、地面にすれそうになる事から
砂ずりの藤と呼ばれているそうです。

春日大社を見終えた時点で、間もなく17時になろうと言うところ。
今日の散策はここで終了となりました。

この日の夜は再び東向通りに向かい、
もう一軒気になる喫茶店にて夕ご飯。
そして、あまりに足の疲れが取れないので、
飛び込みでリフレクソロジーを受けてリフレッシュ♪

さあ、この旅行も残すところあと一日。
最後まで楽しみますよ。
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奈良へ vol.6 吉野山編 その2(2012/04/30)
金峯神社を出て約2時間た経った頃。
ようやく車を停めている中千本エリアに到着です。
そして、見えて来た


↑竹林院 群芳園

竹林院は椿山寺(ちんざんじ)とも呼ばれ 
聖徳太子が建立した一寺と伝えられています。
古くから修行に努める山伏の宿坊として利用されていました。

豊臣秀吉や与謝野晶子も利用し、
昭和に入ってからは昭和天皇のご利用されるなど、
現在に至るまで広く親しまれています。

竹林院の庭園「郡芳園」は大和三大庭園のひとつとされ、
豊臣秀吉が吉野山へ桜の花見に訪れた際、
千利休によって作庭し、
細川幽斎によって改修されたと言われている、
池泉回遊式の借景庭園です。





春は桜、夏は繁る緑、秋は紅葉に冬は雪景色と
四季折々でその姿を楽しませてくれる庭園ですが、
この時期はちょっと中途半端だったのかもしれません・・・

さあ、ここまで来ればもう金峯山寺まではもう少し。
この辺りはお土産物屋さんや食べ物屋さんも立ち並び始め、
疲れていながらも、かなり気を紛らわせながら歩く事が出来ます。


ほら、もう金峯山寺がこんなに近くに!

でもその前に、吉水神社に寄り道。
後で気が付いたのですが、写真一枚も撮って無かった・・・(^^;;;

そしてようやく本日のゴール、
金峯山寺(きんぷせんじ)に到着です。
到着時刻は13時40分。
途中休み休みでしたが、実に3時間の道のりでした。


金峯山寺は修験本宋の総本山で、
修験堂の開祖とされる役行者が約1300年前に開いたと伝えられています。
中世に広大な寺領と僧兵を有し隆盛。
義経や後醍醐天皇が吉野に下ってきたのもその力を頼ってと言われています。
高くそびえる本堂の蔵王堂↑は国宝で、この地のシンボルでもあります。
正面26m、側面27m、高さは28mにも及び、
木造古建築では東大寺大仏殿に次ぐ大きさです。

堂内には3体の巨大な金剛蔵王権現立像(秘仏、重要文化財)が祀られています。
この金剛蔵王権現像はつい先日(6月7日)まで、特別開帳していました。
もちろん、私たちも中に入ってしっかりその姿を目に焼き付けて来ましたよ。
間近で権現様を見上げていたら、
胸にズーンッとせまるモノがあり、
思いもよらず涙がこぼれてしまいました。
正直、こんなに感動するとは思わなかった・・・(^^;;;
ちょっとびっくり。

金峯山寺、蔵王権現像については
JRのCMでご覧になった事のある方もいらっしゃるかもしれませんね。
本堂の中は撮影禁止でしたので、
残念ながら蔵王権現像の写真はありません。
なので、時折この動画↓を見ては思い出に浸っています。
何度見ても胸が締め付けられます。


また機会があれば是非見に行きたい。
もう奥とか上は良いから・・・(笑)

金峯山寺を出た所で、何と雨!
まだ小雨だったので、急いで中千本の駐車場へ戻ります。
って、今度はひたすらの登り坂〜
急いでもなかなか前に進みませ〜んっ!!(大汗)
それでも運良く本降りになったのは、
駐車場について車に飛び乗ってからでした。

4時間ほど歩き回った吉野山もこれで終了。
十分に満喫、堪能しました。
そろそろ平坦な道を歩きたい・・・(笑)
今日はこれから奈良市内に戻ります。

*************************

さて、話は変わって、
旦那さんの学生時代の友達が京都に住んでいて、
この夜、奈良まで出て来てくれると仰るので、
夕飯を一緒に食べる約束をしていました。
奈良への道中は強い雨に加え、
かなり渋滞していて
レンタカーを返して
奈良駅前のホテルにチェックインしたのは
約束の時間の30分ほど前の事。
はぁ、ギリギリ・・・

私たちは勿論、先方も奈良に土地勘が無く、
どこでご飯を・・・と思っていましたが
レンタカー屋のお兄さんに美味しい焼鳥屋さんを聞いて、
そこに行く事にしました。

想像していた串に刺さって出てくる焼き鳥屋さんでは無くて、
いわゆる焼肉屋さんのように、
お皿に適当な大きさにカットされた鶏肉が乗せられて出て来て、
テーブルの網にて自分たちで焼くという
珍しいスタイルの焼き鳥屋さんでしたが、
お勧めして貰っただけあって、
本当に美味しかった〜((美^〜^味))モグモグ♪
(写真無くてすみません)

最後はお店を変えて
〆のラーメンまで行っちゃって(笑)
お腹いっぱいで解散となりました。

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奈良へ vol.5 吉野山編 その1(2012/04/30)
朝ご飯を済ませ、早々にチェックアウト。
今日は一日掛けて吉野山を回ります。
まずは一か所だけ離れて立っている如意輪寺へ。

如意輪寺は、
後醍醐天皇が吉野に宮所を定めた際に勅願所としましたが、
還京出来ないまま崩御し、
本堂裏山に埋葬されました。
宝物殿には天皇の念持仏と伝わる蔵王権現像が安置されています。


塔尾山 椿花院 如意輪寺
↑は駐車場に面した門



↑こちらは山門


写真左 如意輪堂    写真右 多宝塔

写真にはないのですが、
本尊如意輪観音菩薩をモデルに描いた日本最大(約畳十畳分の大きさ)の
油絵像「寝拝み観音」があります。
丁度、絵の下に畳敷きの台が設置されており、
そこに仰向けに寝転がって拝むように出来ていました。


多宝塔からの眺め。
ほんのちょーーーーーーーっとだけ、桜が残ってた(笑)

さて、次はいよいよ奥千本に向かいます。
予定していた駐車場が見つからずに
随分と同じ道を行ったり来たりしてしまいましたが、
最終的には中千本で道を聞いた際に
「ここに車停めて、バスで行った方が良いよ」
と言うバス停のおじさんに従って、
中千本で車を置いて、そこからバスにて奥千本へ。
細く蛇行した道をクネクネと走るバス。
車一台しか通れそうも無い幅員なのに反対側からバスが来たりしてハラハラ。
「車置いてきて良かった〜」と、
内心感じた私・・・(運転するのは旦那さんだけどね)
そして間もなく酔う私(^.^;)

15分ほどで奥千本に到着です。
ここから金峯神社に向かうのですが、ここからがまた上り坂。
しかもかなりの勾配。うっかりすると転げ落ちてしまいそう・・・
バスによってややグロッキーな私はもうげんなり。
で、でも登らないと・・・
同じバスに乗っていた人たちもドンドン進んでゆきますが、
私は一昨日、昨日の長谷寺、室生寺の筋肉痛もあり、
かなりゆっくりとしたスピードで登ってゆきました。


ヒィヒィ ハァハァ息を切らせながら、
途中見晴らしが良くなったので休憩ついでの写真撮影。
今日は曇り空で、ちょっと霞んでいるのが残念。

200mほどの坂道を登り終えて、
ようやく境内が見えて来ましたよ。




←金峯神社 拝殿
吉野山の地主神である金山毘古命(かなやまひこのみこと)が祀られています。

また、2004年には
境内がユネスコの世界遺産
「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として
登録されました。

境内を左手の小道を進むと、
「義経隠れ塔」という祠に出ます。








↑義経隠れ塔

檜皮葺の簡素な塔。
追っ手に囲まれた源義経が屋根を蹴破って逃げたと言われ、
「蹴抜の塔」とも呼ばれています。

もう少し下に降りると展望台があり、
風景を眺めながらホッと一息↓



金峯神社をあとにして、
30分ほど歩いたところで、
高城山展望台という案内(看板)があり、
ちょっとコースからは外れるのですが、
展望台なら眺めも良いだろうと向かってみました。
が、また上り坂〜il||li _| ̄|○ il||li
ええ、でも登りますともっ(ヤケ)

多分距離としては大した事無いのでしょうけれど、
この時の私には本当に辛い長い上り坂でした(笑)


ふぅ、到着。


春はこの景色も桜でいっぱいなんだろうなぁ・・・




再び、元のコースへ戻ります。
↑のような狭い山道を
ひたすら下ってゆくのです。

登りも大変だけれど、
下りも腰や膝に響いてたいへーんっ!!
お天気がイマイチなのが
涼しくてかえって助かったほど。
鳥のさえずりも聞こえて来て、
辛さも少々は紛れますが・・・(笑)

途中、
道端にこんなお不動様(?)が
経っていたり。



細い道なのに、
車の往来は結構ありました。
でもやっぱり、
こんな狭い道は車で通りたくないなぁ。

さて、金峯神社を出発してから約1時間。
ようやく民家など人の生活の気配がしてきた所で、
吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)に到着です。


水の配分を司る天之水分神が祭神。
大和国四所水分社の一つとして古くから信仰されてきました。
「みくまり」が「御子守(みこもり)」となまり、
子守明神とも呼ばれ、子授けの神様として信仰を集めています。
本居宣長の両親の子守明神への祈願により宣長が授けられたともされています。
こちらも、金峯神社同様2004年に世界遺産に登録されました。



写真左は重要文化財でもある本殿。
正面3か所に破風があり、中央が春日造り、
左右が流造りの三殿を横一棟に繋げた珍しい形式です。

写真右側は石楠花がメインになっていますが、後方に見えるのが拝殿。
こちらも重要文化材です。

水分神社から15分ほど歩くと、ようやく花矢倉展望台に到着〜っ!!!


霞んでるけれど、
この景色を見たかったのだっ!!
桜の季節は淡いピンク色に染まるのでしょうけれど・・・
中央に見える(見えにくいけれど)のが、本日のゴール金峯山寺 蔵王堂。

ここには茶屋があり、しばし茶屋のご主人と旦那がお喋り。
昨日は暑くて休憩しながらビールを飲んでいる人も多かったようですが、
今日は上着が必要なくらい肌寒い。
私たちは葛湯を頂きました。
生姜風味でポカポカ温まる葛湯。
お土産用に売られている葛湯は、
抹茶や小豆など色々な味が楽しめる事ですが、
茶屋のご主人のお勧めはコーヒー味なんだとか(笑)
コーヒー味としても売っているものもありますが、
プレーンの葛湯にインスタントコーヒーを混ぜても
美味しく出来るようですよ。


おおむね桜は終わっていましたが、
この(写真左上)の山桜は
まだ咲いていました。
風が吹くたび、
ヒラヒラと花弁が舞って、
とても綺麗でした。
 
←金峯山寺も
さっきよりも少し近くに見えて来たっ! 

私たちは先に上までバスで登ってから下っている訳ですけれど、中には逆ルートの方々も大勢いらっしゃる訳で・・・
一体どこまで登るのかしら??と要らぬ心配をしたりして(笑)







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奈良へ vol.4 又兵衛桜〜吉野、本日のお宿(2012/04/29)
さて、すっかり長居をしてしまった宇陀松山を後にして
本日の宿に向かおうとしたのですが、
旦那さんが
「もう季節は終わっちゃったけれど、やっぱり見てみたい」
という、「又兵衛桜」を見に行く事に・・・
車を停めていた道の駅で、又兵衛桜の場所を聞きレッツゴー。
と、気合いを入れても車で10分も走らなかったけれど・・・

おそらく桜のシーズンには満車になるのであろう、
パーキング(今はガラガラ)に車を停めると、
川を挟んで正面に葉桜になった「又兵衛桜」の姿が・・・



大河ドラマ「葵・徳川三代」のオープニング映像で使われたというこの枝垂れ桜。
樹齢300年と言われていて、
花のシーズンには高さ13m、幹回り3m超える巨木が
薄桃色の花をいっぱいに咲かせるそうです。
あ〜、やっぱり花の時期に来たかったなぁ。
10日、いや、一週間遅かったかなぁ。
でも、葉桜でもかなりの迫力。

「又兵衛桜」の名前の由来は、 大阪の役で活躍した後藤基次(又兵衛)から。

又兵衛は戦いに敗れ、
この大宇陀で僧侶になり性を後藤と名乗って
余生を過ごしたと言われています。
この地域には後藤姓を名乗る家が数件あり、
この桜の場所も後藤家の屋敷跡だそうです。
次はぜひ花の季節に訪れたいものです。

***********************

車に乗り込んで大宇陀から更に南下。
今夜は吉野山に泊まります。


泊まったお宿は、国立公園吉野山の下千本にある「旅館 歌籐」さんです。
お部屋は落ち着いた本館とログハウス館(お部屋は和室)と2種類ありますが、
私たちは本館のお部屋をお願いしました。

チェックインを済ませて、部屋に案内されましたが、
ドアを開けて見てびっくり。


二人で使うには勿体ない程の広々としたふた間続きの和室。
「こんな贅沢なお部屋、使っても良いの?」
「予約した部屋間違えちゃった?」
なんて思っちゃった程(笑)

夕飯まで時間があったので、
一日暑い中歩き回った事ですし、
先にお風呂を頂く事にしました。

さすがに浴場の写真は撮れませんでしたが、
(様子は歌籐さんのホームページを見て下さい)
麦飯石という石を使った屋内のお風呂と、
露天風呂があります。
ちょうど私が入るのと同時に、
先に入っていた方が出られ、
その後全く他の方が入ってこなかったので、
都合、貸し切り状態でのんびりと湯船につかって
一日の疲れを取る事ができました(^o^)v

夕飯は「囲炉裏座」と呼ばれる食事処にて。
地元の食材を使った懐石料理を頂きました。




写真がややピンボケではありますが(^.^;)

柿の葉寿司や胡麻豆腐、
野菜の炊き合わせなどの前菜。
たけのこと山菜のお刺身、
野菜の天ぷら、
大和地鶏のお鍋は
葛が入って、
とろりとしたお出汁で頂きます。
写真にはありませんがこの他に、
囲炉裏端で焼いて頂く鮎の塩焼き、
豚の角煮、
ご飯とお漬物とお味噌汁、
食後には
桜のアイスクリームのデザートが付いて、
もう、お腹いっぱい・・・


あまりにお腹がパンパンになってしまったので
食後は宿の外を少々散歩。
でも、日が落ちると辺りは街灯も無く真っ暗で怖い〜っ!!
と言う事で、早々に部屋に戻ると、
すでにお布団も敷かれ、もういつでも就寝OK。
今日も一日良く歩いてかなり疲れていたので、
早めの消灯にしました。

翌朝は7時に起床。
朝食は本館の向かいの旅館が経営するカフェにてバイキングです。


和食で野菜中心としたお料理があれこれと並んで、
テンションがあがる〜っ(*^-^*)
今日も一日たっぷり歩くので、
朝からたっぷり頂きましたよ。

| comments(4) | trackbacks(0) | 2012年GW 奈良旅行 | TOP↑ | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 奈良へ vol.4 又兵衛桜〜吉野、本日のお宿(2012/04/29)
奈良へ vol.3 宇陀松山編(2012/04/29)
昼食後は、車を西に40分ほど走らせ、
宇陀松山」に向かいます。

宇陀松山は古くから城下町として栄え、
今も当時の町並みが生活の場しながらも
景観を保ったまま残っているエリアです。
2006年に「重要建造物群保存地区」に選定されました。

景観を構成する要素として町屋、社寺建築、土蔵、石碑、門等があり、
これらが広範囲に分布しています。

↓一番奥に見えている建物が「千軒舎」と呼ばれるまちづくりセンターです。
台格子、蒸籠窓、煙出しを備えた伝統的な町屋で、
ぱっと見はまるで普通のお宅のよう。


薬屋、歯科医院として使われていた明治初期の町屋を改修して、
2015年10月にまちづくりセンターとしてオープンしました。
地域支援の拠点、歴的町並み散策の情報発信、
そして、伝建地区の改修モデルハウスとしての役割を担っています。


左上:蔵のある中庭。
ベンチも設置されています。
気持ちの良い風が吹き抜けて、
休憩にはもってこい。

右上:エントランスホールから
板の間越しの和室。
イベントや会議などに使われています。

左下:この日も30℃を超える夏日で、
日差しが強かったけれど、
格子越しの日差しは柔らかい。
それに、ひんやり涼しい(いや、寒いくらい)町屋の中ですが、冷房は入っていないと聞いてびっくり!!
その代わり、
冬はとっても寒いらしいですけれどね。






通りには普通に営業している、お醤油屋さんがあったり、和菓子屋さんがあったり・・・↑





←こちらは、大宇陀福祉会館。
明治36年建築。
入母屋造り、平屋建、
桟瓦葺の建物で正面玄関は切妻作り。
奈良近代建築の典型例といわれています。

土木事務所等、
様々な用途で使用されてきましたが、
現在は福祉会館として利用されています。







↑は国史跡 森野旧菜園(森野葛本舗

享保14年、森野賽郭翁により開かれた森野旧菜園は民間の薬草園としては最古の物で、大正15年に国の国史に指定されました。
また、葛粉の製造を始め、
「吉野葛」の名称が生まれ、
世に知られるようになったのが、
森野吉野葛本舗の始まりです。
赤い暖簾をくぐると中では、
葛を使ったお菓子などの販売がされています。
薬草園に入るにも、
こちらの店頭で受付を済ませます。

園内には約250種の類の薬草が栽培されており、また、裏の山の斜面に沿っているため、園内からは宇陀の街並みが俯瞰で見る事ができます。



菜園からの風景


園内は写真に撮りきれないほどの植物でいっぱい。
ぐるりと一回りして30分くらいの薬草園でした。


左上:黒川本家
切妻、桟瓦葺、平入。
間口10間、2列5室の間取りで全土間がある。祈祷札に寛永3年の文字が書かれており、それよりも少し前の建築と思われます。
写真では分かりにくいけれど、
看板に「吉野葛」の文字が書かれており、
代々葛を商っています。

右上:郡司家住宅
母屋の祈祷札に明治4年とあり、
明治元年頃の建築と思われます。
2列6室の間取りで土間側に広縁を持つ。
慶恩寺の普山式の際に
僧侶の支度部屋に使われました。

左下:久しぶりに見た、
このタイプのポスト!!






左上:松月堂という和菓子屋さん。
きみごろもという
メレンゲを使ったお菓子等売っていました。

右上:なかなか個性的な看板の奈良漬屋さん(いや、お味噌屋さんか?)

左下:犬矢来が印象的なお宅。
良いなぁ、
こういう町屋に住んでみたい・・・








唐破風付きの看板が目をひく、松山地区のシンボル。
旧細川家住宅「薬の館」。
町が管理して公開しています。
建物は江戸時代末期の建築と推定されています。
藤沢薬品工業蠢六麓圓諒貎討寮顕箸任后
展示コーナーでは細川家と藤沢家の出会いから、
藤沢薬品工業蟒藺綣卍考У箸亮太咾覆匹了駑租玄┐されている他、
昭和の医薬品産業の資料、
当時の薬看板などが公開されています。

ちなみに、写真右の破風付き看板は、
現存している木造看板の中で一番古いものと言われています。




左上:また見つけました。
円柱タイプのポスト。
ちなみにこちらは郵便局。
なんだか可愛い(*^-^*)

右上:一本通りを入った所。
普通の住宅地だけれど雰囲気が良い・・・

左下:城下町の出入り口として
400年前にcmくされたもので、
昭和初期に国の史跡に指定された
松山西口関門。
通称「黒門」を呼ばれ親しまれています。




さて、もと来た道をずずずーーーーーっと戻りまして、
酒蔵通りと呼ばれる通りへ。





左上:酒蔵通り風景。

右上:久保本家酒造。軒下には杉玉がつるされています。ここで従弟へのお土産を購入〜。

左下:こちらは芳村酒造。

綺麗な水と寒冷な気候で、
酒作りに適した大宇陀は
かつては沢山の酒蔵があったそうですが、
今は上記の2軒のみが残っているだけです。








| comments(0) | trackbacks(0) | 2012年GW 奈良旅行 | TOP↑ | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 奈良へ vol.3 宇陀松山編(2012/04/29)
奈良へ vol.2 室生寺編 (2012/04/29)
2日目も朝から良いお天気です。
窓を開けると日差しが早くもジリジリと感じました。
朝ごはんは7時半。
昨夜と同じく広間で頂きます。


ああ、幸せな朝ごはんの図・・・よね。
鮭の塩焼きに、サラダ、
生卵に青菜のお浸し、納豆。
ご飯にお漬物、写真には無いけれどお味噌汁。
今日も沢山歩く予定だしね、
朝からお腹いっぱい頂きました。

食後、部屋を片付けて早々にチェックアウト。
まずは室生寺に向かいます。
とはいっても、室生寺にすぐそばの宿だったので、
目的地まではあっという間(笑)
お宿の女将さんに教えてもらった駐車場に車を停めさせていただいて
いざ室生寺へ。


写真左側が表門、そして右側が仁王門です。

私たちが足を運んだこの時期は石楠花が見頃でしたよ。




花を愛でながら進むと、目の前に鎧坂と呼ばれる急な階段が・・・

また階段かぁ(´ヘ`;)ハァ〜
頂上にちらりと映っているのが国宝でもある金堂です。

昨日から階段良く登るなぁ。
と思ったのですが、これはまだまだ序章なのですよ・・・
ここを登っている時の私はそんな事、知る由も無かったのですけれどね。






↑室生寺金堂
平安初期の建立。
道内には本尊釈迦如来立像(国宝)、十一面観音立像(国宝)、
薬師如来像、地蔵菩薩像、文殊菩薩像が並び、
その前に運慶作と伝えられる十二神将が安置されています。


↑こちらは弥勒堂
鎌倉時代前期の建立。
本尊はへ安時代初頭の木造弥勒菩薩立像。
脇壇には国宝の釈迦如来立像が安置されています。

金堂の左手の階段を登ると灌頂堂とも呼ばれる本堂に出ます。


↑灌頂堂(本堂)
建立は鎌倉時代後期。
真言密教のもっとも重要な儀式、灌頂を行う為のお堂です。

そして・・・
室生寺と言うと、↓を思い浮かべる方が多いと思われる五重塔。



総高16.1mと、屋外に立つ五重塔では国内最小。
平安時代初期(800年頃)の建立と言われ、法隆寺の塔に次いで古いそうです。
1989年の台風で、そばの杉(高さ50m)が倒れた際、
屋根に直撃し大被害を受けましたが、心柱と含め、塔の根幹部の被害は免れ、
1999〜2000年にかけて修復、落慶しました。

まさか国内最小とは知らなかったので、目の前にした時は思わず
「小っさっ!!」
と思わず口から出てしまいましたが(ごめんなさい)
改めてみると見目麗しい塔ですね。
弘法大師が一夜にして立てたとの言い伝えもあるそうです。

さて、室生寺はここまでかと思っていましたが、
どうやら「奥の院」と呼ばれるお堂があるそうで・・・
これがね、また石段を登るらしいのだけれど、
結構キツイらしく、諦めて引き返す方もいるらしい(^^;;;
でもね、せっかく来たしね、行くだけ行ってみましょう〜と、
出発してみたものの・・・



原生林に囲まれた石段・・・
400段くらいあるらしい石段は、写真だと綺麗な石段なんだけれど、
歩幅が合わなくて疲れが倍増〜。

登っても登っても頂上が見えないから余計疲れるし焦る〜っ。
途中で見かけた石楠花を撮って気を紛らわせつつ、ひたすら登る・・・
途中から進みが一緒になった男性が、
「これって、登ったら降りなくちゃいけないんだよね」と、ぽつり。

そ、そうですよねぇ(^^;;;


登る事20分あまり。
ようやく頂上に到着。
ふくらはぎはパンパン、頭はクラクラ。
息はいつまで経っても整わないし(^^;;;

取りあえずはお参りをして、水分補給と休憩。
あまりの疲れにうっかりしていたけれど、
後で撮った写真を見てみたら、肝心の「奥の院」の写真を撮って無かった(ToT)
↑は位牌堂です。


さて、今度は来た道を戻ります。
ひたすらの下り道。

この時思ったのですが、
登りも大変だけれど、下りはもっと大変なのね。
膝や腰への負担が登りより大きいみたい。
勾配もきついので、うっかりすると転げ落ちそうだし。
手摺につかまりながら、慎重に降りてゆきます。

それにしても昔の人は凄いのね。
こんな山の上にお寺やらお堂やらを建てるんですから。
木材や石を運ぶ訳でしょう?
やっぱり全てが修行なのね。

鎧坂を降り切って、ほっと一息。
再び咲き乱れる石楠花を見て回って癒される・・・





室生寺を後にした後は、付近を散策して、
ちょっと早めのお昼ご飯。
有名な門前の「橋本屋」さんも考えましたが、
そのはす向かいの「中村屋」さんにお邪魔する事にしました。
注文したのは山菜定食。

 
どーんっ!!
美味しそう( ̄¬ ̄*)じゅるぅうううう


↑ まずは山菜の白和え(写真左)。
白和えだけれど、ちょっとコクもあってナッツっぽい味も。
摺ったクルミとかも入ってるのかも。
写真右は酢の物。


↑ 写真左側はふろふき大根。しみじみした味が堪りません
右側は野菜の炊き合わせ。こんにゃくにカボチャ、さつま芋に人参。
隠れて見えませんがたけのこも・・・♪


↑ そしてとろろ。これは粘りが凄かった。
ウズラの卵が添えられていて、混ぜようとするのだけれど、
山芋がしっかりしすぎて(笑)全然混ざらない。
お箸でつまむと全部持ちあがるほどの粘り。
もぐもぐしっかり噛まないと食べられません(笑)

右はお吸い物。具は三つ葉とお素麺。
爽やかなお味でした。
そしてお漬物とご飯でもうお腹いっぱーい(●´)З`)))

| comments(0) | trackbacks(0) | 2012年GW 奈良旅行 | TOP↑ | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 奈良へ vol.2 室生寺編 (2012/04/29)
奈良へ vol.1 長谷寺編 (2012/04/28)
先日、実家から戻りました。
予想外に忙しくて(?)、そして疲れて
ブログを書く時間が無かった〜(笑)
結局何も進まなった旅行記ですが、
書きあがっているモノから取りあえずアップしていこうと思います。
長くなりそうですが、
お付き合い頂けたら嬉しいです。

***************************

今年のGWは久しぶりに旅行に出ました。
色々候補があったのだけれど、
検討の結果、行き先は奈良。
京都もセットにするつもりだったのですが、
意外と奈良が盛りだくさんになってしまって
奈良のみで(笑)

まずは新幹線で京都に出て、その後はみやこ路快速にて奈良へ

 
お昼に奈良到着。
ちなみにこの日の奈良は暑かった〜っ。
こんなに関東と気温が違うものかしらね???
関東も暑かったのかな?
このところ、肌寒くお天気がすっきりしない事が多かったので、
ジリジリと照りつける太陽に少々困惑気味でした。

奈良の駅前で車を借りて、まずは169号線を南下して長谷寺へ向かいます。
30分ほど走ると途中、三輪という町を通るのですが、
この三輪って三輪素麺の三輪なのね〜。
昼食もまだだったので、
池利三輪素麺茶屋 千寿亭さんにてお昼ご飯にしました。



私は冷やしそうめん(左)。旦那さんは田舎にゅうめん(右)をオーダー。
しっかりと腰のあるお素麺が美味しかったです。
田舎にゅうめんはコクのあるスープに具沢山。
ジューシーなお揚げや大きな鶏肉まで入っていましたよ。


冷やしそうめんは青紫蘇とタマゴとプレーンの3色。
天ぷら(写真右側)が付いていましたが、エビにきのこにブロッコリー、
木の枝のように見えるのはお素麺の天ぷらです。
それにしても、ブロッコリーの天ぷら・・・久しぶりに食べたなぁ(笑)

胃袋が満たされて、再び車を走らせます。
20分ほどで初瀬近辺に到着。
本来ならそのまま長谷寺に向かいたいところですが、
現在、長谷寺はぼたんまつり開催中。
おまつりの期間、交通規制のため車で長谷寺のそばまで行けないので、
国道沿いの駐車場に車を置き、徒歩にて長谷寺へ向かいます。


両脇には商店が並んで、地の野菜やお菓子、
お土産なども売られています。

緩い上り坂を20分ほど歩いてようやく到着〜。



↑は長谷寺の総門である仁王門。
両脇に仁王像、楼上に十六羅漢を安置しています。
幾度か災害にあっており、、現在のものは明治十八年(1885)の再建です。


さてさて、それでは、噂の登廊を登りますよ〜。
全長約200メートルの屋根付きの階段で399段あります。
天井には「長谷式」と言われる丸い形の灯篭が下げられています。


登廊の脇にはぼたんが植えられていて、その数は150種類7000株と言われています。
まだ大きく開いている花はご覧の通り。ちょっと早かったみたい。

まだ登り始めたばかりだけれど、下廊の途中、お茶席があるとの事で
月輪院に寄り道と言う名の休憩(笑)


お抹茶と和三盆のお干菓子を頂きました。
お干菓子って美味しいという印象が全く無かったのですけれど、
↑これは美味しかった((美^〜^味))モグモグ♪
さらりとした甘さが癖になります。

一休みしたらまた登りますよ〜。


この辺りは中廊。
全体の中腹。
登る角度や石段一段の高さが少しきつくなってきています。

ふくらはぎがパンパンになり始めた頃、ようやく頂上へ到着。



↑こちらが徳川家光の寄進により慶安3年に建立された
長谷寺の本堂です。
平成16年12月に国宝に指定されました。
現在、本尊である十一面観音菩薩像の特別拝観が行われており、
菩薩の足元まで足を進めて、その足に触る事ができました。


↑こちらは前面の懸造りの舞台からの眺め。
仁王門があんなに遠くに・・・


続いては昭和の名塔と呼ばれる五重塔。
戦後最初に建てられた五重塔です。
緋色が山の緑に映えて綺麗・・・





登廊の脇にくらべると
上の方はもう少しぼたんの花が
咲いていましたよ。
ぼたんと言えば、
ピンクの印象が強い私なのですが、
白や濃い赤なんて色もあるんですね。
花弁が幾重にも重なっている様は
本当に綺麗ですね。









続いては本坊↑
寛文七年徳川将軍より建立されたものですが、明治四十四年(1911)落雷のため炎上。
現在の堂字は大正十三年に再建されました。
この本坊では先ほど本堂で見た音菩薩像を原寸大に描いた掛け軸が
展示されているとのことで拝観してきました。(期間限定)
縦16m46cm、横6メートル22cmにも及ぶ掛軸は重量125圈
なかなか迫力がありました。
本坊から出てみると、正面に・・・


先ほどの本堂が見えました。
ゆっくり見て回って、約2時間。
日も傾いてようやく涼しくなってきました。
そろそろ宿に向かう事にしましょう。

長谷寺を出て、車を東に走らせて約30分。
一日目の宿は宇陀市室生の民宿むろうさん
ホームページはこちら→
アットホームな良いお宿でした。

食事は広間にて、他の宿泊客の皆さんと一緒に頂きました。
メニューはこちら。


こんにゃくの煮物(写真左)、つくしの酢の物(多分)(写真右)

たまごどうふ(写真左)、野菜の炊き合わせ(写真右)

←アマゴの甘露煮。
その他にも山クラゲの油炒め、山菜の天ぷら、お漬物にご飯はお赤飯と白いご飯の二種類。

次々出てくるので、途中から写真を取るのを忘れちゃって、についでに疲れていたのにビールも頂いちゃったりして、ちょっと酔っ払い気味で(笑)、他に何が出て来たのかちょっと思い出せず・・・

食後は宿の女将さんや他の宿泊客の皆さんと色々な話をしていたのですが、その頃、私は疲れと眠気のピーク(^^;;;
暫く頑張っていたのですけれど、途中、お先にお部屋へ失礼させていただいちゃいました。


お風呂を頂いて、民宿なので自分でお布団を敷いた所までは覚えているのだけれど、
気づいたら寝てたらしい・・・

日中は30℃を超える真夏日だったのに、夜は上着を着ても寒いほど。
風邪をひかないようにしなくては・・・と、思った夜でした。
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